このごろの日記 ①

まだ、寝るまえのはみがきの途中だったけれど、とつぜん娘から「耳そうじして」と言われた。

耳そうじは、子どもの世話のなかでも好きなほうなので、いいよ、と言って歯ブラシを傍に置き、娘を膝に寝ころがらせる。とはいえ、耳は小さいし、もし傷つけたら…という恐れもあるしで、子どもの耳そうじは難しい。苦戦しつつ、夢中になっていたら、娘は眠っていた。

時間もはやいし、日記を書こうと思いたった。このごろあったことを思いだしながら、ぽつぽつと、とくにまとまりのないまま、書いてみる。

美濃へ

秋分の日。美濃市であった、プリミ恥部さんこと、白井剛史さんの本「あいのことば」(エムエムブックス刊)の発行記念ライブへ行った。

今年に入ってから、じつは「声のメルマガ」を聞いていない。必要と思ったときに、と思っていたら、こんなに時が経っていた。イベントの情報はTwitterで、フォロワーさんのRTでたまたま知って、すぐに予約した。メルマガでプリミさんのことを知って以来、ご本人にお会いしてみたいと、ずっと思っていた。その中身には、マッサージなどを、いちど経験してみたい!という好奇心も、おおいにあった。

イベントが終わった直後、なんとなく、感じたことをくわしくは、文章にする必要はないかもしれないな、と思っていた。

歌が凄かった。好きな曲を聞けてうれしい。愛の讃歌は……とにかくびっくりした。心より、身体が先に反応したのだと思う。勝手に、だらだらと涙が流れていた。マッサージは気がついたら終わっていた。ときに見かける感想のような、とくべつな感じはしょうじき、わたしにはなかった。ただ、プリミさんの手がとても温かくて、どきどきした。こういうことって(占星術もそうだと思うのだが)、意識してもしなくても、影響するときは自然にしちゃうのだと、個人的には思っている。終わったあと、とてもすっきりしていた。それがじゅうぶんに効果、という気がいまはする。

受付にいたまっきーに宇宙料金を支払い、岐阜弁でだべって、ぱっと帰ってきた。「めっちゃ泣いとったやん」「めっちゃマーマーガールやん」(モモコさんTを着て、エムエムさんコラボの岐阜マン手ぬぐいで涙を拭いてたから)という、まっきーからのツッコミ。

もう美濃へは何回も来ているのに、会場へ向かう道すがら、歩道に星座があることに、はじめて気がついた。蟹座で途切れていたのが気になっていて、帰りに獅子座(自分の星座)を探して、ひとりウロウロする。見つけて、写真に撮る。

プリキュアのことばかり考えていた

幼稚園では、まわりが年上の子ばかりなので、いろんな影響を受けているのだな、と思うことがある。

なかでもプリキュア。あーちゃんの言いかたで言うと、「プリキラ」だ。ついに来た!という感じがした。

べつに避けていたわけではないが、まだ娘はプリキュアをみたことがなかった。ふだんはNetflixでばかり、動画をみることに慣れてしまって、TVをリアルタイムで視聴することじたいが少ないのだ。それが、プリキュアの歌らしきものを歌うようになり(プリキラ、プリキラと繰り返す)、あるとき、通園バッグにプリキュアのシールを貼りつけて帰宅。さいきん、駐車場でよく会う野良猫のクルちゃんにも、「あーちゃんのカバンに、プリキラのシール、ついとるよ!」と報告していた(娘の、動物と自分は対等で、分け隔てのない感じが、わたしはとても好きである)。

この日に、初めてプリキュアをふたりでみた。なんとなく、リアルタイムのプリキュアを、途中から追いかけるのはしんどいやろと思い、やはりNetflixを頼りに、『キラキラ⭐︎プリキュアアラモード』がなんか良さそうやんと、みはじめたのだが……。面白い。わたしが結構はまってしまいそう。なぜなら、完全に宝塚を意識した、登場人物がいたからだ。変身後には大階段から降りてくるし。しかも、娘といっしょの名前の登場人物もいる。あーちゃんはその日のうちに、「プリキラになりたい!」と言っていた。

それからは、なんだかプリキュアのことばかり考えていた。ぜんぶをしっかりみていたわけではないが、一週間ほどで、全49話をみてしまう。プリキュアアラモード、自己肯定感の物語であった。さいごのほうになると、あーちゃんはもう飽きていて、わたしだけが真剣にみていた。自分が幼いころは、週に一回みるのが当たり前だったアニメを、いまはこんなスピードでみることができてしまって凄いと思いつつ、(いや、みせちゃってるのは自分だけど……)と内省しつつ。

それから、また時間が経って、わたしのなかでもブームは収まりつつある。宝塚的な人物、好きだったのだが、最終回にあった、数年後どうなったか、という場面で短かった髪が伸びていて、そういうところも宝塚的だな(退団して女性になっていく……というところを彷彿とさせる)、わたしはそういうのがみたいわけじゃない、って勝手だけれど思ってしまった。

わたしは魔法少女がすきな子どもだった。でも何がすきだったかは、記憶があいまいである。それは魔法少女に関するおもちゃ、例えば変身スティックやコンパクトなどを、親がいっさい買ってくれなかったからだ。買ってくれないことで、つのる憧れだけが残りつづけて、今でもその類のおもちゃを、わけもなく欲しくなる。あーちゃんにねだられたら、すぐに買ってしまうのだろうな。そう思っていたら、幼稚園で変身グッズ(写真)を作ってきたので、彼女にはまだおもちゃは、必要ないのかもしれない。

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