わたしは地方のしがないライターだった

わたしは地方のしがない名もなきライターだった。卑下ではなく、事実としてそう思う。

いまもライターの看板をおろした訳ではないが、もっと平明に、ただのライターである。妊娠前から仕事をけっこう整理してしまっていて、復帰するかどうかは流れで、と思っている。

隣県の都会、N市にあるA社。地元にあり、そこと比べるとかなり規模の小さなB社。どちらも地域の情報誌をつくる会社で勤務し、ある企業の広報をすぐ辞めたあと、フリーランスになった。これも流れで、だ。B社の月刊誌と、また別の会社が出している、写真メインのフリーペーパーの編集・ライティングが、その頃のおもな仕事だった。

昨日届いたホロスコープ(プレセッション式です)に心が動いたのは、じつはそういった仕事が、自分の適正能力にかなり近い、とあったからである。THE獅子座の女を自認していたわたし、はじめましてのMC乙女座に、うろたえてもいる。

勝つことじたいに興味はないけれど、勝ち負けという概念に当てはめてみるとすれば、仕事において自分は負けっぱなしだ。そこには、自分につき続けてきた嘘が、からんでいる気もする。けっきょく自分に嘘はつけない。

わたしは大学4年の初夏から、A社の編集部でアルバイトをしていた。求人誌で見つけて応募した。はっきりとそのまま入社しよう、という狙いがあった。

そこで思い出すのは、N市内の大学に入学してすぐにあった研修旅行(いま思えばいきなりでひどい)で、親しくなるも距離ができてしまう女の子、仮にC子とする、が言ったひとことだ。それは「将来はA社の編集部で働きたい。そうじゃないと生活できないから」というような内容だった。A社の出す月刊誌が好きだ、とも彼女は言っていた気がする。わたしは「小説が書きたいなぁ」と思いながら、将来についてなにも考えてはいなかった。いま思えば、それで何も問題ないと思うが、当時のわたしには、C子の言いきりが、とてもかっこよく映ったのだ。

かくしてわたしは、小説では食べていけない、仕事をするなら雑誌の編集という刷り込みを自分にし、C子の語った物語をなぞるように(でもA社の雑誌はろくに読まないまま)、社員になってしまった。とんでもない就職氷河期だったので、正面から社員になれるわけないと、そもそもは思っていた。

バイトはとても楽しかった。しかしその後、編集志望だったわたしは、上司から営業部を勧められる。たしか、わたしがへらへらしながら社内をふらふらしていたから、という理由だった(当時は喫煙者で、しょっちゅう喫煙所にいた)。そのときN市名物、あんかけスパゲッティを食べていたことを、憶えている。営業でなければ、社員になれないかもしれないという恐れから、わたしは営業部に入社することになる。

当時の上司や先輩からは可愛がってもらい、本当に感謝している。だが、わたしは営業が向いていなかった。人とお金に興味がなかった(人にたいしてはないというより、興味に偏りがある)。「嘘でもいいから、人に興味を持っている振りをして」と先輩から言われ、そのとおりにしたら、仕事がうまくいきだした。でもそれは嘘だから、長く続けることはできないと、思っていた。

理由はべつにもあってA社を退社し、B社に編集として入社するはずが、蓋をあけてみれば、営業の経験があるから営業で、ということになり、それをわたしは承諾してしまう。あの頃は本当に仕事がしたくなくて、さぼりまくっていた。営業だから、自由に外出ができる。午前中から書店やホームセンターに行っては、広々とした駐車場の隅っこに車を停め、萩尾望都、山岸涼子、大島弓子といった花の24年組、楳図かずおなどの漫画を読みまくっていた。

小さな出版社だからか、営業と編集の境界があいまいで、ゆくゆくは編集もやったし、占い師として占いページも連載した。ここでは社長と合わず、退社することになるのだが、フリーランスになったとき、この社長への違和感をごまかして仕事を続けた結果、B社は倒産する。かなりの金額が支払われなかった。

地方の地域情報誌の内容は、ほとんどが「食」だった。わたしはここで、本当は食に興味のない自分に、ぶち当たっていた。依頼を断っている場合ではなかった。そして、フリーペーパーの編集長になり、地方というものにも、ぶち当たった。「地方を盛り上げよう」という大きな言葉に、空疎さをいつも感じていた。このことは、いまでも考え中である。

ながながとした日記になった。むしょうに振り返りたくなってしまった。これ以上書くのは、もう時間切れという気がする。しがない日々でも、頁数は少なくても、好きだと思える仕事はあった。

冒頭の写真は、生まれて初めて完成させた小説だ。実家の自室の引き出しから、発掘してきた。いつ書いたのか、はっきり憶えていなかったが、小学2年とある。図書館で読んだ、こぐまの冒険というようなタイトルの本に、おおいに影響を受け書いた、原稿用紙30枚ほどの、こねこの物語だ。

主人公の女の子が「もうちょう」になる。それが理由で、飼っていたこねこが捨てられるところから、物語は始まる。終盤では「りゅうざん」という言葉まで出てきて、この言葉を使ってみたかっただけなのだろうな…という、子どものわたしの情熱が伺える。

大人になり、やっと小説を書き始めたのがまだ7年前だ。編集、ライティング、小説。このうちのどれかを取り出して、わたしはやっていく、というのではなく、自分はこれらができる、一応の能力があるということを、まず自分で認識したかった。

本の中と外をいったりきたりしている。やりたいこととできることの境界はなくなるのか。これからのことは、まだわからない。

(Tumblrより転載)