インチャとぶ

今週は地元の児童館であったリトミック教室へ行ってきた。しかし毎回、児童館へ行くたび、緊張するのはなぜだろう。

みんなと同じ行動ができなくていい、まず2歳にそれができるのか?と、普段から思っているはずなのに、実際にあーちゃんが子どもたちの列から外れ、隅に置かれたフラフープでひとり遊びはじめたとき、焦ってしまった。キーボードを弾いていた先生に、トントンと背中を叩かれ「大丈夫、大丈夫」と言われるまで、あの子どもたちのなかへ、娘を戻さないといけないような、気がしてしまっていた。時が経つと、なぜそんな気持ちになったのだろう、と思う。初めてのことで、たった1回で。娘は楽しそうだったのに。でもたしかに、あの時はなってしまった。

あーちゃんは児童館から、なかなか帰ってくれなかった。周りもそんな子どもだらけで、「お腹空いたよ、帰ろうよ」というおかあさんたちのむなしい声が、そこかしこから聞こえてきた。わたしも言っていた。おかあさんたちはみんなうつろな顔をしていて、子どもたちのことを、ほとんど見ていないようにも思えてしまうのだった。

娘が浮遊している写真が、たまたま撮れると嬉しい。冒頭の写真は、教室が終わり、ほかの子どもたちが別室へ一斉に去ったあと、その場でひとり残って走りまわり、ジャンプしていたあーちゃん。外ではとんぼが飛びかっている。それを窓からみつけ、喜んでいた。いつも娘はこんな感じなんだよなぁ、と現場では思っていたが、写真をまじまじ見つめていると、ぜんぜん大丈夫と思えてきて、ふと自分の幼い頃を思い出した。自分もこの感じを知っている。3歳くらいの頃だ、家族で『コーラスライン』という題名のダンス映画を観たあと、自分も踊りたくて我慢ができず、映画館の最前列の前へ駆け出し、踊ったことを。踊りたいから踊りたかった。あーちゃんが跳んでいるとき、わたしのインチャも跳びはねているのだ、きっと。

最近の娘のこと。あるとき「かあちゃんってママ?」と聞かれ、そ、そうだよ、と照れながら答える。ママという言葉は教えてないのにな、と思いながら。おそらくネットやテレビの動画から覚えたのだな。それからは「かあちゃんママ」、「とうちゃんパパ」(ちゃんちゃんから、とうちゃんになりつつある)と呼び、自分のことを「あーちゃんあかちゃん」と呼ぶ。かわいい(絶叫)。文字数が多いところが面白いので、しばらくわたしはかあちゃんママでいようと思う。あーちゃんにとっては、自分と同世代、それより上下の子どもたちもみんな、「あかちゃん」のようだ。