午前三時の日記(2)

 

 

7月7日(日)

YouTubeで星野源を観ながら、あーちゃんが保育園で作ってきた笹飾りを振っている。短冊に書かれた願いごとは「おひめさまになりたい。ケーキになりたい。ルーレットがほしい」(代筆は夫)。朝食のホットケーキを食べた後、日曜なのに保育園に行きたがる。「今日はお休みだよ」「おやすみじゃないの!」の繰り返しで、すぐにいらっとしてしまうが、久しぶりにあーちゃんといっしょに居られる休みなのだからと、気持ちを切り替える。

午前中は小児科へいつもの便秘薬をもらいに。あわせて、咳の薬(2週間ほど止まらない)、あせも用ローションももらう。遠方にあるし、いつもなら一大イベントみたいな通院、夫がいるだけで、こんなに楽だとは。運転しなくていいし…。

おやつはミニストップのソフトクリーム。

咳の薬はこれまでに何回かもらったことがあるのだが、飲んだら眠くなってしまうのが特徴。毎回なんだか、あーちゃんに一服盛ってるみたいな気持ちになってしまうのだった。今夜は19時半に寝た。明日、何時に起きるんやろう…と思いつつ、ブログを書くチャンス到来!と、初めてPCから更新を試みる。一週間ぶんの日記をまとめて書くのだ。でもその前に、いま使っているテーマ(デザインのテンプレート)を更新する、という部分をなんとなく、本当に軽い気持ちでクリックしたら、デザインが変わってしまって、元に戻せない。動揺。図らずして、見た目もリニューアルしたみたいになる。

まとめて日記を書くのは、思ったより大変だった…。0時くらいまでかかった。腰いたい。

 

7月8日(月)

あーちゃんが5時45分に起きた。しかも不機嫌。ふだん7時頃に娘は起き、5時半から6時頃に先だって起きている親たちは、その間ゆっくり家事をする…というかんじで、なんとか日々を回しているのに。朝食を食べおえてもまだ7時半なので、テレビをつけてみる。以前まで、あーちゃんはなぜか「てぶくろスイッチ」と言っていたのに、「ピタゴラスイッチ」と言えるようになっていた。失われる言葉たち。でも、「デザインあ」はまだ、「デザインわ」。

寝不足。今日は所用時間10分くらいで顔をつくる。毎日メイクすることにも、慣れてきたなぁと思う。寝不足はよくない。比較的、仕事の内容がおだやかで助かったが、夕方どろっどろの顔をしていたと思う。疲れはもう隠せない。

眠たすぎて、保育園のお迎え時も、今日はどのように過ごしていたかを聞き逃してしまった気がする。車のなかでは、いっしょにパプリカを歌いながら帰る。夕食時へんなテンションになってきて、「かーちゃんは、あーちゃんが大好き!あーちゃんは?」と娘に聞いてみる。「とーちゃんだけ!」と言われて、すこし傷つく。

 

7月9日(火)

母と姉と回転寿司屋でランチする約束をしていたが、身体がぜんぜん動かない。

家をでるまでに、夕食をあらかた作って、洗濯ものを干して、ぜんぜん読めなかった図書館の本を返却しなければ…と思うだけで床から起きあがれず、1時間ほどそのままで居た。肉じゃがとほうれん草のおひたしを作り、なんとか家を出て近所の図書館へ行って、実家へ向かおうとした途端、火の元が心配になる。こういうとき大抵の場合は、無事なことが多いのだけど、家へ戻る。でも、すでに橋やトンネル、堤防といったところを通っていたため、戻るのも大変だった。道を間違えて、山沿いの細い道を2回走る。やはり火の元は大丈夫だった。ランチの時間を大幅に遅れ、母ににがにがしい顔をされるだろうか、と憂鬱になっていたけれど、全くそんなことはなかった。姉もわたしも今月に誕生日があるので、今日はそのお祝いをしよう、という会だった。

ふたりに会えば楽しいし、会ったら会ったで宝塚のDVDなどをのんびり観て、帰るのも遅くなってしまうのだけど、ほんとうはわたし、ひとりになりたいのだ。仕事の休みが平日に1回あるため、ひとりの時間という贅沢を得られることになったのに、母からの誘いを断れなくて今のところ、実家にばかり行っている。だれにも会わず、なにもしないという、ほんとうの贅沢を欲しているのに。来週こそはひとりで、と毎週思っているのだった。

 

7月10日(水)

バイト多忙。接客と事務仕事のバランス、むずかしい。男性からのギフトの相談が続いて、「いいなぁ」とほほえましい気持ちになる。勤務先でのブログに使用するため、先日撮ってもらってた自分の写真を見て、あまりのがりがり具合に自分で引く。しかも姿勢がわるい。がりがりでも健康ではあるので、姿勢をなんとかしたいと思う。

ワンピースが欲しい。

娘の咳おさまってきたかな?と思っていたら、お迎え時から鼻水をたらしている。

Twitterでうれしい出会いがあった。漫画の話題に思わず話しかけたかたと、同じ漫画家が好きだということがわかったのだ。こういうことがあると大げさではなく、明日も生きていけるという気持ちになれる。そのかたのおかげで、自分が70年代の少女漫画に惹かれつづけるルーツのようなものを、思い出せた。

小学生になったばかりの頃、わたしは漫画家になりたかった。それは70年代に活躍した漫画家が先生の、漫画の描き方講座をテレビで観たことがきっかけだった。これが自分の求めていたものだと強く思って、親にすぐテキストを買ってもらったのだが、そこにモー様や竹宮恵子などのインタビューが載っていた。先生をつとめていた漫画家の作品には、なぜか惹かれなかった。テキストには載っていなかったはずの、大島弓子や山岸凉子はどこで知ったのかと思いおこすと、書店でもらった白泉社の目録だった気がする。小さな頃から読書はしていたが、出版社の目録を集めては、そこに載っている本(まだ自分が読めないであろう大人の本)の題名を見たり、あらすじを読むことが好きだった。それだけでたくさんの物語を知れたようで、充足していた。とりわけ『綿の国星』や『日出処の天子』という題名がきらめいて見えて、これはぜったいに面白いものだという思いが、わたしのなかにずっとあったのだ。そういえば、ポーの新刊、買わねば。

 

7月11日(木)

あーちゃんが6時台に起きる日がつづいているため、「俺たち、ぎりぎりだよね」と夫と頷きあう朝。

勤務中、保育園から呼び出しの電話があった。予感はしていても、実際にかかってくるとドキドキする。微熱だけれど、給食もあまり食べられないくらい、咳こんでいるとのこと。すぐに来いという訳ではなかった。園にはおやつの時間まで様子見をお願いし、仕事を早めにあがらせてもらって、かかりつけの午後診療に行くことにする。

迎えに行くと、飛びはねながらやってきた。元気そうだけど鼻水がすごい。入り口ちかくで、あーちゃんがいつも仲良くあそんでいるという男の子が、こちらに手をふっていた。

よりによって、なんでこんなに降ってるんだろうという大雨のなか、小児科へ。娘は病院へ行くときだけ抱っこブームで、自分で歩いてくれないため、片手で抱っこしながら傘をさすことになる。働きはじめて変わったのは、抱っこが辛くなったことだ。あんなにも易々と片手で抱っこしていたのに、あっという間に筋力がなくなった。やっと自宅に辿りついたとき(このときも抱っこ)、腕がびきっとなって、玄関で思わず「いった!」と叫ぶ。

先生から「こまめに鼻吸ってね〜」と言われ、また咳の薬が処方される。このところ娘が、鼻吸い器で鼻水を吸われることをはげしく嫌がるようになり、面倒でしていなかったのだが、そのせいで風邪が長引いているのかもしれない。鼻吸いマシーンになることを誓う。とはいえ、娘を言葉で説得することははなからあきらめ、ビスコやジュースやらで釣って吸う。わたしは鼻吸いとか、耳掃除とか爪きりとかが好きである。成果が見えるからだろうか。

読みかけだった『マミトの天使』を読む。いまいちばん読みたかった本。

 

7月12日(金)

保育園をお休みすることにしたので、わたしも仕事を休む。この判断がまだ、わたしと夫には慣れなくて、むずかしい。でも今日行かせたら悪化する、としか思えず。こころよく休ませてくれる職場には感謝しかない。だるそうだった娘は朝食後にすぐ寝てしまって、休ませてよかったと思う。

鼻水が吸っても吸っても出てくる。終わりがみえない。夕食はカレーを作ろうと思い、肉も解凍してしまったけれど、疲れてしまった旨を夫にLINEすると、「これどう?」と、ほかの鼻吸い器の情報が送られてくる。いや、そうじゃなくて…と思いながら、どうにかカレーを作る。ご飯を作りたくないと、素直に言えばいいだけだった。

SNSのTLを見ていると、TABFへの憧れがつのる。行ってみたいなぁ。わたしもzineつくりたいなぁ。(いや、つくってるのだけどペースが遅くて、先が見えないだけ…)

夜はまた『マミトの天使』を読む。イラストレーターの平松モモコさんが本書を読んで、雷に打たれたと以前Instagramで投稿されてたけれど、表題作でわたしもガーンと打たれる。すごいな。きれいなこと(清潔、くらいの意味で)は全く書かれていないけれど、この世界がとてもしっくりとくるのは、なんで。

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