白い生命をたずさえて / ハン・ガン 斎藤真理子訳『すべての、白いものたちの』書評

 

 

衝撃的な出会いだった。育児に疲れていたわたしは、『ギリシャ語の時間』(晶文社)で初めてハン・ガンの作品を手にして以来、彼女の言葉を欲するようになった。刊行順では逆だが、次に『菜食主義者』(クオン)を読了した後、偶然にネット上で著者のインタビュー記事を読み、また衝撃を受けた。小説が「暗くて重い」という一部からの評価にたいし、「闇を扱っていると考えたことはありません」と彼女が答えていたからである。わたしも少なからず、「暗くて重い」印象を抱いていた一人だった。しかし、「私はいつも体温を持った人間、心臓が鼓動する人間について書きたいと思います」と結ばれた返答を読み、心がふるえる思いがしたのだ。

そして、発売後すぐに『すべての、白いものたちの』を読み、自分が彼女の言葉を、切実に必要とする理由がわかった気がした。

あとがきにあたる「作者の言葉」によると、韓国語には白を表す言葉がふたつあるという。清潔で真っ白な「ハヤン」と〈生と死の寂しさをこもごもたたえた〉白さの「ヒン」。本書は後者「ヒン」にまつわる小説だ。

著者自身を思わせる〈私〉には、八ヶ月の早産で生まれ、二時間後に亡くなってしまった姉がいた。ワルシャワに滞在中の〈私〉は、一九四五年に空撮された、この都市のかつての姿を見る。ナチス・ドイツにより破壊された街が、雪景色のように見えた〈私〉は、生まれたとき餅のように色白だったという姉のことを考えはじめる。いちど死んだが時間をかけ復元した都市と、彼女が同じであると思えたからだ。

母が姉の最期までかけていた、〈しなないで しなないでおねがい〉という言葉。姉にとって唯一聞いた〈解読できない愛と苦痛の声〉だったその言葉を胸に、〈私〉は彼女をよみがえらせようとする。自分の生命を差しだしても、という覚悟のもと〈汚されてもなお、白いもの〉を姉に贈ることで。

「雪」「塩」など〈白いもの〉についてエピソードが重ねられていく、第二章「彼女」はまさに、そんな〈私〉の試みである。なかでも個人的に、印象に残ったエピソードが「白く笑う」。それは〈途方に暮れたように、寂しげに、こわれやすい清らかさをたたえて笑む顔〉のことだ。韓国語にしかない表現だというが、自分にとって近しいものに感じる。その顔を知っているはずだと、わたしには思えるのだった。

本書は、著者がいつも書こうとしている「体温を持った人間」が、結晶化された作品だ。死者に生命を与えようとする言葉、静かだが、確かに心臓が鼓動している言葉の一つひとつに、忙しい日々の影で置き去りになっていた、自分の生命に気づかされた。どんなにしんどかろうと、わたしはわたしの生命を、ただ生きていく。数多の〈白いもの〉をお守りにして。

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この文章は今年の「K文学レビューコンテスト」に応募しましたが、受賞には至らなかったものです。とても久しぶりに書いた書評。これは書評なのだろうか…考えるとわからなくなってきますが、いつもながら余裕のない日々の隙間で書いたもの、自分で自分を称賛したいなと思ってます。

 

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