目のまえに四月

シャボン玉を吹くときの「はふー」

たんぽぽの綿毛を吹くときの「はふー」

身体をくの字に曲げて渾身の「はふー」

開花する瞬間をみた、オレンジ色の野良ポピー(種が飛んできたのだろう、自宅の敷地内に咲いていた)は、つぎづぎと咲いて、すぐ散っていく。

部屋に花をかかさず飾って、手のひらほどのグリーンを育てる。とてもささやかだけれど、植物にこのところ夢中だった。ふつふつと、うれしくなってくる類の、これはマイブームなのだ。

あーちゃんみーうーちゃん

かーちゃんみーうーちゃん

とーちゃんみーうーちゃん

娘にもマイブームはある。

みーうーと鳴く、猫のキャラクターが登場するアニメ(『子ひつじのティミー』)がすきで、ここ一ヶ月くらい、自分はみーうーちゃんなのだという設定で、ときおり暮らしている。親もそのたび、みーうーちゃんということになる。当初は「みー、うー」と高い声をだして、猫の鳴き声を真似ていたのが、何か物事をする前に、ただ「あーちゃんみーうーちゃん」と言うだけになってきて、それはまるで「ピカチュウ」と鳴くピカチュウと同じという、夫の見解に納得する。

唐突に、「キスしてもいい?」と聞くと、「だめ!ほっぺ、あーちゃんの!」と断られる。娘のこういうところに、感心する。先日、二歳八ヶ月になった。(絵はぶたさん。耳が目が鼻が口が!と驚嘆する)

この先、子育てが楽になって、自分の時間ができるようになるという、はげましの言葉であり事実を、すなおに受けいれられてなかったのは、それが寂しいと、どこかで思っているからだった。こんなにも、子育ての困難と限界を、すぐに感じてしまう日々なのに……! 今よりも子どもが成長したら楽になる。その言葉の真意は、その時期が来るのはあっという間なのだ、すぐに来ちゃうんだ、ということが、子どもの保育園 or 幼稚園の選択という(申し込みの期限が決まってるから、そのまえにやっておかなきゃいけないことが自然に決まる……それってわたしの役割なのかい?と、これまでなんども逃げたくなったけど、もう自然とやってきちゃう)、外がわからの要因がせまってきて、やっと、わかったのだった。

目のまえに四月どころかGWだ。体感的には二月が始まったくらい。でも暑さに耐えきれず、一昨日もう半袖を着た。

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