1月12日(土)

カレーライスを作るのはぜんぜん楽じゃない。

にんじんをすって(椅子に座りながらじゃないとできない。わたしはこれだけで息ぎれ)、玉ねぎが均一に茶色くなるまで、炒めるというより焼く。完全に水分がなくなった状態をイメージしながら、ふたつを混ぜあわせる(じっさいにはどんな状態か、よくわからない)。面倒だけれど、こう作るとおいしい。たくさん作るから、明日は楽できるし。

昨日そう思ってカレーを作っていたのは、今日が夫の休日出勤だからだった。実家は用事があるからと(母はわたしより多忙)断られていたので、姉の家に逃げこもうと思っていたのだ。でも、今朝は起きたときからひどい頭痛で、外出をあきらめる。まだ娘が寝ている布団に、もういちど潜りこむ。出勤する夫が寝室に入ってくるまで、家にはない水銀タイプの体温計で、えんえんと熱をはかっている夢をみていた。

それから体調はずいぶんよくなり、姉宅に行けたかも…とどこかで思いながらも、やはり一日家にいることにする。まだパジャマ(15:27時点)。

ここさいきん、娘が不機嫌だった理由を自分なりに考察した。夫が腰痛のため、抱っこもできない日々がつづき、(しかたないことだけど)ずっと辛そうな顔をしていたのだが、それが何故か、娘はわからなかったからではないか。いつもとちがう違和感から、要求がはげしくなっていたのでは。明確なことはわからないが、やっと抱っこができるようになった翌日から、いくぶんか娘の機嫌がマシになったのだ。

つぎは何を読もうかとかんがえながら、娘を寝かしつけていたはずなのに、昨夜もまた寝落ちしていた。昼寝をしないから、いつもより早く寝てくれるはずが、わたしまで早めに寝てしまう。

夫に「本はなくならないから」と言われ、購入するのをやめたら?とたしなめられたことがある。本を読む時間がなくて、でもストレスを発散するように新刊を買い、それらを読む時間がない……と憔悴していた、わたしを見かねてのことだった。そのときたしかに、なくならないかも、とも思った。一部の本は。でも、なくなってしまう本もある。値段に躊躇しているうちに、山尾悠子の歌集はなくなってしまって、いまでは定価以上でしか手にはいらない。すべての本が、大手出版社から出ているわけでも、話題なわけでもないからだ。山尾悠子の例もあり、いつからからか、なくなったら泣いてしまう本は買う、という基準ができた。そうしたら、わたしはやはり本を買っている。さいしょは、在庫がたくさんあるわけではないよな、という物理的な理由からも、ジンやリトルプレスを手にとっていたが、いまは手にいれたらすぐ読みたいし、やはり泣いてしまうだろうから、買う。

今日はきくちゆみこさん「SMILE,WHEN OUR EYES MEET.(目が合ったのなら、微笑んでほしいよ。)」を、じんわりしながら読了。インスタにもあげたいな。インスタも日記めいてきているが、さいきんは何を書いても日記のようになってしまうから、しかたがない。

娘に電気を消され(点けても消される)、暗い部屋にふたりでずっと居る。たまたま録画されていた、「パプリカ」のシャキーンバージョン(1分)を、エンドレスリピート。

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