10月1日(月)

気絶したように眠っていた。風の音でいちども目覚めることがなく、夫に台風はどうだったのかと聞いてみる。この地域の影響はすくなかったみたいだ。

わたしと娘はまだ、かぜの諸症状。母とメールのやりとりをしていて、そのことを伝えると、「病院行ったら…」という、ひとことが返ってくる。病院行くほどじゃないから行かないです、と送ったものの、ぬっと怒りが現れ(え、他人ごと?いやまあ、親は他人ですけど? そもそもあなたのかぜが原因で…)、即電話するけど出ず。母自身ががちょうど病院にいたらしく、いま出られません、とメールが来た。夕方ごろ、用事があって母が来訪。会うなり、ひらあやまりされて、「あ、電話で感情のまま、怒りをぶつけなくてよかったかも」と思う。それだけで鎮火した。

やっとごはんをつくる気になって、ずっと食べたかったクリームシチューをつくる。しめじを入れ忘れた。煮込みながら、気になるけれど動画には食指がうごかず、古書店で買ったハッピーちゃんの本を読了。なにこれ、わかりやすいやん、となる。さっそく、書いてあったことを試してみて、ちょっとたのしくなってくる。わたしはある理由から、引き寄せは自分に合わないと思っていた。それに興味がある、ということじたいに、まだ独特のはずかしさがあるな。

ツイッターでうれしいやりとり。一方的にすきすき(わたしあやしくないかな…とは何回も思ってる)と言っていたかたに、感謝が伝えられて、本当によかった。

夫の帰りを娘とごろごろしながら待つ。すると、とつぜん娘がオリジナルソングを歌いだした。ねこちゃん、だーいすき(実際の発音は、だーっしゅきっが近い)からはじまり、わんちゃん、はっぱかえるちゃんと自分のすきないきもの、それからは目にみえるものをつぎつぎと、ぬいぐるみのくまちゃん、絵本の「ワンピース」(わたしのワンピース)、「こんばんは」(おつきさまこんばんは)などを、だーいすきと歌いあげていく。そこに自分や夫がふくまれていたのか、すでにいま忘れてしまったけれど、そんなことはどうでもいい。そのときわたしは娘のとなりで、泣きたくなるくらい感動していた。ものすごい多幸感。心がどこまでも平たくなっていく。この子はいま、目にうつるものが、みんなすきなのだ。頭のなかで、わたしの育児、第一章 〜完〜 という文字が浮かんだほどの、感動だった。この世界をじゃましたくない。