10月13日(土)

家からすこし離れた、大きな公園でピクニック(娘が言うと、にくにっく)した。今日は夜泣き二回。あいまいな記憶しかないけど、またぎーちゃんを食べていた気がする。今朝は娘の枕元に、プラスチックみたいな海苔が転がっていた。

朝ごはんを公園で食べる計画なのだが、娘がなかなか起きない。準備もせず悠長に読書して待っていた。至福。でもさすがに起こして、慌てて準備。夫はアウトドアグッズ担当、わたしは娘のお弁当(ツナとかぼちゃのホットサンド、デザートにりんご)をつくる。自分たちのごはんはコンビニでコーヒーとパン。この公園にまえ来たのはたしか春のおしまい、ゴールデンウィークあたりだった。駐車場をでてすぐくもの巣をかぶりながら、娘と手をつないで歩く。いつもならとっくにごはんを食べおわっている時間で、お腹がすいているはずなのに、娘は芝生につくやいなやかけだして、どんどん遠くへいってしまう。こういうとき娘の元気さを、すごいと思う。あつくもなくさむくもない。夫が設置した椅子にすわっていると、本を持ってくればよかったと思う。でも思わず「なにもしない贅沢」という言葉が、口をついてでた。

娘は遠くのほうであそぶ、わんちゃん(犬)やあかちゃん(子ども、あーちゃんより年上でも)に「おいでー」と呼びかけていた。同じ年ごろの子どもへの興味を、ますますかんじる。いいことだ。

この公園には巨大な遊具がある。まえに来たときは素どおりだったのが、今回はそうはいかず(さすがに)、芝生でボールを追いかけていると思いきや、あーちゃんはその延長線上にある遊具の広場へすすんでいく。どちらかいっぽうは荷物番として、芝生にいることができるのだが、それぞれ1回ずつ、たくさんの家族がひしめきあうそこへ行った。そして夫婦ともにへとへとになる。つかれた顔で戻ってきた夫を、「うちら、親らしいことしとるやんって、思わん?」とはげましたら、「これが年とってから子ができた親の、大変さか…」としみじみしていた。わたしももうすこし、体力があればいいのだけど。

家に帰り娘が昼寝してからは、連休中に夫(スター・ウォーズの大ファン)と観ていて、あと残り30分だった『ハン・ソロ』のつづきを観る。「もっと爽快感がほしかったなぁ」というのが夫の言。わたしは人とそうではない生物(チューイやドロイド)の愛情をみることがすきなんだなぁと思った。それからはまた、『最初の悪い男』のつづきを読む。

でも、それこそが恋というものかもしれない-考えないことが。

物語はかなり佳境。ほんとうならば、止めたくないけれど、わたしにも子との生活があるので中断する。すきを見つけては(娘の入浴時など。新生児のころからずっと、夫がいれている)、こまぎれに読んでいく。むしろこまぎれにしか、読書できないのが現実だが、こういうところでも、自分は親になったのだなぁと思う。