10月14日(日)

六時半に起床して『最初の悪い男』を読了。すばらしかった。こんなところへ、連れてこられるとは。この感情がなんなのか、まだ名づけがたいし、名づけたくないだけかもしれない。登場人物はみな奇妙で、ふきだしたくなるくらい可笑しいのに(前作のノンフィクション『あなたを選んでくれるもの』を読んだときは、創作より現実の人間のほうが、よっぽど奇妙だと思った)、妙に現実みがあって、いとしい。とくに、妄想癖があり、自分でつくったルールという枠のなかで生きてきた、主人公シェリル。彼女の希求したものが、胸にせまってくる。

わたしは灰色のリノリウムの床に目を落とした。今まで何人の女がこのトイレに座って、同じこの床を見つめただろう。その一人ひとりが自分の世界の中心にいて、愛を注ぎこむ相手を見つけたいと、そうして自分の中の愛を見たい、愛を確かめたいと願っていただろう。ああクベルコ、わたしの愛するベイビー、いつになったらまたあなたをこの腕に抱けるの?

つぎはなにを読もうか。途中で止まったままの『ヒロインズ』を手にとる。積ん読はかぞえたくないほどあるが、ほしい新刊がつねにある。気になっているのは、復刊した残雪の『黄泥街』と、吉田篤弘の『おるもすと』。あと、ケルマデックも。

わたしは友だちがとてもすくなくて(そのかわり友だちに関する悩みがないのが楽なんです。当たり前か)、ツイッターをとおして生まれた繋がりが、とても嬉しいのと同時に、ふしぎな気持ちになることもある。こんなわたしも、繋がりをもとめているのだと思う。どこかで、ふかく。ツイッターの返信でいただいた、「尊い星同士の邂逅」という言葉をながめていると、泣きたくなってしまう。その文字列のうつくしさ。

今日は夜泣きなし。いつもの公園へ。うちの庭なのではないかと錯覚するぐらい、やすらぐ。あーちゃんは紅葉して地面におちている葉っぱを、拾いあつめていたのだけど、まるでブーケのように何枚もまとめていく手つきが、見事だった。わたしと夫はベンチに座り、見た目よりも美味しくなかった、スーパーで買ったパンを食べていた。なんでかなぁ、いや、これが限界でしょ、などと言いながら。

二度とあってはならない、いたましい事故がおこった道路がある。いつそこを通っても、かならずお花が供えてあり、絶えたことがない。それを見るたびに、苦しくて胸がつぶれそうになる。わたしはその事故がおこった直後、その道路にいた。今日はたくさんのお花が供えてあった。あれは秋頃だったと思い出す。わたしの胸はもうつぶれてしまった。