10月18日(木)

実家(以下、B家)にいると無になる。娘はみてもらえるし、あーちゃんもB家のおもちゃに夢中になっているか、ばあばのみえる場所にいたがるので、これはありがたい話なのだけど、手もちぶたさというか、何もすることがないな、と思ってしまう。母からは、寝てれば、と言われるのだけど、ついスマホを弄んでいると、「また〜、そればっか触って〜」みたいな反応をされるのが、すこし嫌だ。実際にそうだとも思う。日記もスマホでしか書いたことがなくて、だからこそ続けられているのだと思うのだけど、わたしスマホ触るしか、することないのかな、とB家にいると、より感じる。そこには、わたしの求めているものはないのだと、わかっているのに。

初めて観劇した演目の、宝塚のDVDを流していたのだけど、パッケージを見ると、もう十二年前で愕然とする。あーちゃんは宝塚にたいしては、「ちょっとこわい」という反応。

娘は最近よく、自分のことを「ぼく」と言う。

帰り道の車のなかでは、白菜と豚肉をかさねる鍋をつくることで、頭がいっぱいだった。でもまずは、昼寝している娘を横目に、イヤホンでYUKIちゃんを聴きながら、猛然と踊る。昨日、内職をしていたとき、聴いていなかったYUKIちゃんのアルバム(『すてきな15才』。このジャケットを見るだけで何だか、泣き叫びながら、走りだしたくなる)を聴いて、やっぱりいいなぁと思ったのだ。

近頃、カラオケの話題を目にしたり、耳にすることが多くて、ひとりカラオケがやりたいことリストに加わった。それで、もし自分がひとカラをした場合のセットリストを、暇があればひたすら練りあげている。わたしは世代的にはTKなのだが、実はそこを通っていなくて、もうひたすらにJUDY AND MARYであった(+ヴィジュアル系)。YUKIちゃんも含め、そこは外せない。十代の頃は、ジュディマリの歌を、あ、から順番に歌う、とかしていたな。それだと「あなたは生きている」から始まるのだっけ。最近の歌は、メロディラインがむずかしくて、歌えそうにない。でも、きらきらしているんだな、と思う。YUKIちゃんはわたしの永遠のスターだ。

白菜と豚肉の鍋は、ぼやけた味をしていた。煮こむ時間も、調味料も足りなかった。

noteはプロフィールにも触れずじまいだった。