10月27日(土)

岐阜市長良にある大人の洋服屋、トロンチさんで、すこしだけ店番をする。自分にとってはりっぱな社会復帰。おつきあいさせてもらって、もう4、5年になるのだろうか。こうやって、ゆっくりと外へ向かう機会をもらえることは、ありがたい。

わたしはモデルもさせてもらっている。ときには足のパーツモデルをすることもあり、自分にそんなことができるとは、とふしぎな気持ちでふりかえることがある。知り合ってすぐ、たしか店主のりえさんがツイッターで、モデルを募集したいとつぶやいていたことがきっかけだった。そのころ、ネットで買ったMサイズの服がみょうにぴったりで、自分の体型って、標準にちかいのではと思いこんだわたしは、試着モデルに向いてるかも、くらいのきがるな気持ちで、声をあげたのだった。

モデルをしてみて、標準なんかじゃない、自分の体型の個性がわかった。外見に自信があったわけでもぜんぜんなくて、ただ顔をだすことが気にならなかった。むしろ自尊心がなかったのかもしれない。いまでも、自分の外見などにたいする気持ちはフラットだが、自尊心は幾分か、ましになった気がする。そういった発見や、もちろんたのしいこともおおい経験で、トロンチさんには、ありがたいなぁと思っている。

B家へ立ち寄った。母は、トロンチさんという屋号ことを、「とのうち」さん(殿内 or 戸内)という名字だと思っていたことが判明。思わず宝塚のDVDを観てしまい、家へ帰るのが遅くなる。

帰るまえに、B家で確認したい写真があった。それは、わたしが5歳のころ描いた絵の写真で、市の展覧会に入選したため撮影されたものだった。保育園であった、お店やさんごっこを描いたこの絵は、色が塗りかけだ。母にはそのことを茶化されるが、自分にとっては意味がある。そのイベントがたのしすぎた当時のわたしは、高揚した気持ちや、お店やさんごっこじたいを、絵で再現したかった。どう塗ったら、自分の目でみたままになるのか。なやみすぎて、時間内に完成しなかったのだ。それでも園長先生はほめてくれ、四十色ほどが入ったクレヨンを贈ってくれた。このエピソードをずっと大切に思ってきた。いまでも、目のまえのものを(できないのだとわかっていても)、そのままうつしとりたいという気持ちが、自分のうちにある。

noteもはじめたせいか、眼精疲労だ。これはTwitterの見過ぎだな、と自覚したため、ずっと夫におすすめされていた、リストを使うことにした。タイムラインがすっかり混沌としてしまった。SNSの見直しどきだ、という気がする。