10月4日(木)

あわれな人よ。なにかの縁あって地獄の道づれとなったこの人を兄さんと呼ぶように、子供の憧憬が空をめぐる冷たい石をお星さんと呼ぶのがそんなに悪いことであったろうか。

-『銀の匙』中勘助

緊張するとお腹が痛くなるのはいつ頃からだっただろう。望んでなくても皆勤賞だった子どものわたしは(9月30日の日記参照)、その代わりにサボり癖を身につけた。ちょっと教室にいるのに飽きたから、保健室いこう、という感じの小学生で、中学あたりからは趣味だった。その頃から「お腹が痛い」というのが常套手段だったので、嘘でもほんとうでも、その言葉を言い過ぎたせいで、胃腸のよわい自分になってしまったような、そんな気がしてしまう。

今日は娘の卵アレルギーの検査結果がでる日だった。わたしは朝から緊張していた。夫といっしょに朝食後に食べた、チーズケーキが思いのほか重たかったのも一因かもしれない。前の検査からまだ半年ほど、完治なんて虫のいい話だという気もするし、どんな結果でも受け入れようと思っていても、緊張してしまうものなんだな、と思った。だから、だめだという話ではなく、ただ、そう思う自分がいたな、くらいの話である。この日記は、一事が万事そんなかんじで、だから何、ということしか書いてない。

午前中に病院へいってきたのだが、結果は完治ではないものの、かなりよかった。とてもほっとした。以前の結果とくらべると、数値的には半分からそれ以下に減っていた。もう一年以上は卵そのものを食べさせていないのだけれど、よく火の通った炒り卵を、少量から食べさせても大丈夫、ということになった。そこから、なつかしの離乳食の要領(さいしょと2日めは小さじ1、3日めは小さじ2)で、増やしていくのである。帰り道の車のなかでやはり、うれしくてちょっと泣いた。母も結果を気にしていたので、メールを送ったけれど、よくわかっていないようだった。これまでに母からは理解不能という反応をよくされてきた。アレルギーに関しても、こまかいことはわからない、でもとにかく可哀想みたいな反応が、嫌だった。こういうときプリミさんの本に載っていたことを思い出す。ネットとの関わりだけでも、親の世代と子の世代では、見ている物事の解像度が、ぜんぜんちがうということ。それを思うと、母の解像度、かなり荒いのでは。わたしと娘でも、どんどんちがっていってしまうのだろう。

ほっとして力が抜けたのか、午後からは身体がだるかった。しつこい風邪と、しくしく痛む胃腸。娘が昼寝したあと、ワイナー祐子さんのラジオを聞く。やさしい声が沁みいる。夢中になって、二回ぶんをいっきに聞いた。ずっと考えているけれど、なんだか日記に書けずにいた女性性のことも、参考になる部分があって、ここにつらつら書くよりも、祐子さんにお便りしようと思った。毎回ある、詩の朗読コーナーもとても好きだ。自分も好きな文章を、声にだしてみたくなってくる。

娘が「ぶーちゃん(ネトフリで観てるアニメ、『ペッパーピッグ』のこと)のまね」という言葉をよく使うので、じゃあ、とうちゃんの真似してみてよ、と言ったら、寝転んで目をつむり、「こっ」と言った。夫が寝てるときの、いびきの真似だと思うのだけど、これがまた、かわいいのだった。ロボットは「ぼろっと」、てんとう虫は「てんもうむし」。コアラが主人公のアニメ『うっかりペネロペ』は混ざって、「こあらぺ」。

自分の文章を自分がいちばん必要としている。いまはそれがわかっただけでもいいと思う。ひととくらべてたらきりがないぜ。