11月27日(火)

このところずっと何かを書きわすれているような気がしている。

おそらく、おもに娘のこと。ほぼ、会話というものができるようになった娘、朝から夜までずっと喋っている娘。彼女に関して夫と夜や朝にする会話。どれもささいで、たわいもなくて、ぜんぶがわたしにとって面白い。でも、わすれてしまったことも、きっとおおくて、だからいま思いつくことだけでも。

寝いりばな、急に「T氏」と言ったこと。呼び名はとうちゃん、かあちゃんが定着していたが、それからことあるごとに、T氏とも呼ぶようになる。わたしがそう呼んでるのがおおいからか(何かもう、とうちゃんって呼んでる気がしてた)。イントネーション的に、上から目線なかんじが可笑しい。じゃあ、かあちゃんは?となるのだが、わたしの場合は「かおちゃん」と呼ぶ。これは、うちの両親や姉が呼んでいる影響がおおきい気がする。すこし照れくさくて、うれしい。昨日も「かおちゃん、かおちゃん」と呼びかけてきたけれど、何をしていたときだったか、すでに記憶がない。娘が生まれるまえ、夫とは「親が言っている言葉を真似するとしたら、いつか自分の子どもからT氏って呼ばれるのかな」というような、会話をしたことがあった。夫としては、「子どもが小学生くらいで、そういうことになると思っていた」らしい。ふたりでしみじみした。

今日はいっしゅん、「かおちゃん、あいしとるよ」と言われた気がしたけれど、「アイスたべたい」か、「なにしとるの」と言ったのかもしれない。聞きまちがいでもうれしい。

二歳をすぎて数ヶ月。この先もあっという間に過ぎていくのだろうと、やっと思えるようになった。さいしょの一年が、あまりに長すぎた。いまなら、たった一年だった、と思えるあの一年。昨日、そのころ書いていた、ほぼ日手帳を見て「うわぁ」と思った。産後は記入している日がぐっと減り、日記というよりも、悩みごとを整理するために書いていたのだが、それがほんとうにこまかい。いまなら、「そんなこと悩まなくていいよ〜。そのままにして寝てればいいよ〜」と思えるようなことばかり。わたしはあのころ、自分の雑さが、子どもを殺してしまうかもしれないことが、本気で怖かった。

娘の成長のしかたは、すこしずつじわじわというより、何段かすっとばしていくように、いきなり変わる、ということがおおい印象だ。一歳半検診では、言葉の発達で、再検査のおそれまであったのに、いまでは児童館で「もうそんなこと言えるの?」と、ほかのおかあさんから言われるとは思わなかった。子どもは勝手に育ってくれる。

昼寝から目覚め、痰がからまったような咳をして泣いていたところ、わたしに鼻吸い器でおもいきり鼻水を吸われた娘はいま、ごほうびに与えられたアンパンマンジュースを飲んでいる。

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