11月9日(金)

新月だった昨日、夫のT氏がこのブログに、コメント欄を設けてくれた(そういったことはわたしではできず、本業デザイナーのT氏が諸々を管理してくれています)。コメント欄がなかったのは、まずはシンプルに記事だけのブログを、という彼の見解だったらしく、それを聞いたわたしは、ふーん、そんなものかくらいに思っていた。ありがたいことに、コメント欄はなくても、Twitterを中心に感想などの、言葉をかけてもらえていた。

そしてある日私は、ブログを始めることに決めた。タイトルは〈フランシス・ファーマーは私の姉妹〉。そこでほかのさまざまな声との交流が始まり、ほぼ女性ばかりの小さなコミュニティができた。全員が文章を書き、世界中の別々の場所で、それぞれの檻のなかにいる。個人間でのメールのやりとりや、誰からも見えるコメント欄を通して、お互いに自分たちの孤独について話し始めた。

それまでとはまた別の見えないコミュニティの必要性に気づき始めていた。

それが、ふとつけてみたいと思った理由が、われながらとても単純なのだけれども、読みかけの『ヒロインズ』で、上記の文章を読んだからである。わたしのブログはたわいのない日記だ(でも日記という形式をとっているのは、いろんな理由があるな、ということを思っている)。でも自分には、コミュニティへのあこがれというのか、この文章に共鳴する部分があることを、かんじたのだった。

でも、けっこう適当な子育てのこと書いてるし、知らんひとに説教されたらどうしよう、などT氏に言っていたら、そのまえにコメント来んかもしれんし、と前置きしつつ「つけたいって思う気持ちがあるってことは、つけてみろってことじゃない」みたいなことを、彼は言ってくれた。もよおしたらやってみるって、こういうことなのだろうか(©️星の坊主さま)。

その会話をしてから、しばらく時間があいて「そういえば、つけたよ」と言われたのが、たまたま昨日だった。新月はなにか新しいことをするといい日、とよくいわれているので、なんだかうれしかった(T氏はそういったことに基本、興味はない。面白がってはいるけれど)。しかし、仕様がややわかりにくいのだ。ほとんどのかたが、トップ画面のみを読んでくれていると思うのだが、そこにはコメント欄が表示されない。タイトル(だいたい日付です)をクリックすると、表示されるようになっている。そこはT氏もよくわからないとのこと。

育児の慌ただしさや、体調がいまいちだったことから、日記をすぐ書く気にはならず、Twitterでお知らせしてみようと思った。もともと、ひっそりとしたブログだからいいか、とも思ったけれど、おそらくだれにも気づかれない。せっかくだしなぁ、とツイートしたら、『ヒロインズ』の専用アカウントさんにRTしてもらえ、そこにあった言葉がうれしくて泣けた。現実は、寝ぐせのついた髪をふりみだして、娘の世話をして、家事がぜんぜんすすまなくて、というかんじだけど、やりたいことをやろうと思った。そのツイートには、〈インターネットの存在は大きい〉という言葉もあり、これは本当にそうだと思うし、かんがえてもいきたいことだ。

自分の顔にある、帯状疱疹の傷のことを思っていたとき、めくったページに、帯状疱疹という文字があったこともある。シンクロニシティ。

そして、ブログのコメントを、さっそくいただけてうれしい。ありがとうございました!

今日は星の坊主さまにだした、絵はがきのお返事もいただいて、なんだろう、うれしくてへんなテンションになってしまったのだろうか。夕方ごろ、妙なできごとに遭遇した。これはまた、機会があれば書こうと思う。

このごろ、一日のうちにいろんなことがあり、感情の浮き沈みがはげしい。そのひとつひとつ、ちいさなことに、焦点をあてたいような気もする(かなりどうでもいいことを含めて)。やはり時間が足りないと、思ってしまう日々だけど、夫がよくしている「時間ができたらやる、の時間ができる日は来ない」という発言に、わたしもおおむね同意なのだった。

2件のコメント

  1. 何が繋がっていくような広がりを実感する時ってありますね。それを自然と受け入れて実行できるのは素敵だなと思います。

    1. かぼちゃ さま
      コメントありがとうございます!
      ささいなことがきっかけだったりしますが、そういうときってありますね。内心どきどきもしていますが、そう言っていただけて、うれしく思います。

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