6月13日(木)

天気がよいだけで祝福されているような気持ちになる。

自分の心に余裕がないときは、青い空に映える山の緑を見て、眩しすぎる……なんて呟いてしまうのだから、身勝手だなぁと思いつつ。

昨夜も寝落ちしてしまったが、豆zineのことでうれしいメールをいただいていて、朝起きてから胸がいっぱいだった。言葉を書くかわりに夢中で作っていたコラージュを、好きと言ってもらえるのはもちろんうれしいのだが、それでも文章が好きと言ってもらえることが、とてもうれしい。

娘の慣らし保育がそろそろ終わる。一週間ほどが過ぎた、先週の金曜に、保育園の先生から「今日はじめて声を聞きました~」と言われ、「え……!」と内心おどろく。まだ誰とも話していなかったのか……家では朝から晩までしゃべっているのに。それでも本人は園が楽しいようで、毎朝うきうきと出かけていく。0歳児のころから人見知りで、毎週会っている実家の母にもいまだ、会ってすぐはもじもじとしているのだから、想定内といえば想定内だ。

帰りの車のなかから、はっきりとした声でしゃべりはじめる。家でもそれがずっとつづく。登園初日はとても機嫌がわるかったのだが、それは、伝えたいことが伝えられないもどかしさからくる、怒りだったのだと感じた。いまはそれを、あーちゃんなりに発散しているのだと思う。

よくしゃべりもするが、「でんでん虫」や「かえるのうた」といった歌を、高らかに歌っている。「それ、ようちえん(保育園の呼びかた、家ではこうしている)で歌ったの?」と聞くと「ん~」と言って教えてくれないのだが。聞いたことのない歌を歌っているときもあって、まだ二週間たらずだというのに、わたしの知らないあーちゃんの時間が、できているのだと思って、すこしびっくりする。

慣らし保育のあいだ、平日は仕事をいれなかった。初めてひとりで過ごす数時間に、何だってできてしまうような気がしていたが、そんなことはなかった。とにかくそわそわしていたし、さいしょはそれでもまず家事しなきゃいけないでしょ、という気持ちがうっすらあって、すこしくたびれた。娘は体調をくずし、一週めにはやくも呼び出しがかかった。

ひとりの時間を過ごして思ったことは、動作がとてもゆっくりになってしまうことだ。それが本来の自分の速度なのかもしれないし、娘がいるときは、いかにはやく動いて(動こうとして)いたかを知った。ゆっくり動いているから、気がつけばお迎えの時間が来てしまう。それにしても、ひとりでスーパーで買い物しているだけで、初日は泣けた。意味もなく、ぐるぐるとカートを押して店内を回った。

明日は初めて平日に出勤する。わたしの黄金週間は今日で終わりだが、もうじゅうぶんだ、と思う。豆zineをほしいと言ってくださったかたに手紙を書いたら、ただのラブレターになった。鼻歌を歌いながら、手紙をだしに近所の郵便局へ行く。いつもいっぱいの駐車場が空いていた。思ったよりはやく済んだので、本屋さんへ行った。探していた本は見つからず、気になった本は迷ったすえに買わない。セブンティーンアイスを食べて、帰路についた。

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